歴史アニメ[信長]第34弾、[本願寺と和睦]を掲載しました。
遅くなり大変申し訳ございませんでした。今回は雑賀攻め、信貴山城の戦い、有岡城の戦い、そして顕如との和べくを取り上げました。
雑賀攻めは雑賀衆から信長側につくものが出てきたことから、行われたようです。雑賀衆はいくつもの集団からなっていて、その棟梁が雑賀孫一という名でまとめるという組織であったようです。本願寺側に付いていた雑賀衆ですが、一部の集団が信長側に回り、これが織田軍を呼び寄せることとなったようです。織田軍は10万ともいわれるような大軍を送り込んだようです。雑賀衆は数千ぐらいだったようです。
ただ、この戦いは雑賀衆側が川に桶を仕込み、柵を建てて鉄砲で攻撃したりとかなり抵抗したようです。信長軍は数に任せる力押しをすることになったようですが、かなり手痛く反撃をくらうことにもなったようです。とはいえ、数の差は圧倒的、雑賀衆は毛利軍がやってくるというデマを流して、なんとか和議に持ち込んだようです。信長としてもかなり痛手を被っていたので、毛利軍が来るのはデマだとは思ったのでしょうが、万一のことを危惧したのかもしれません。
ただ、この和議は長くはもたず、また雑賀衆は信長に反旗を翻しますが、顕如が信長と和睦したことで、この戦いにも終止符がうたれることとなりました。
この雑賀孫一は実は正体がよくわかっていない人物でもあります。いろいろな人物説があります。雑賀衆の棟梁となった人物が代々この名を使うともいわれているようです。
次いで、信長は度々、背いた松永久秀を攻めることにします。総大将には嫡男信忠を据えました。
この時、信長が要求したのが平蜘蛛の茶釜といわれていて、当時はこれで一刻以上の価値があったのではともいわれるような名器です。これを差し出せば許すともいったのですが、松永久秀はこれを拒否、茶釜もろとも爆弾で果てるという壮絶な最後を選びます。
何故、久秀が信長を裏切ったのかはわかりません。信長が認めるほどの才能があっただけに、プライドが許さなかったのでしょうか…。
そして、信長の家臣になっていた荒木村重が有岡城で反旗を翻し本願寺につきます。これには、信長もかなり驚いたようで、光秀や秀吉、黒田官兵衛などを使者にして、再三改心するよう求めますが、これを全て村重は拒みます。ついに信長は怒って有岡城を攻めますが、村重は逃げてしまいました。この荒木村重は寝返りも理由はよくわかっていません。本願寺とは昔から繋がっていたともいわれますが、すでにこの時期は信長の体制がかなり強力なものとなっていたので、この時期はとも思われますが、これは歴史を後から見ているからかもしれません。
そして、ついに正親町天皇の力を借りて、信長は本願寺との和睦にこぎつけます。顕如としても天皇の命には従うしかなかったのかもしれません。当然信長の力が強くなってしまったということは背景としてあるのでしょう。
ここに信長と本願寺10年にわたる戦が終わりました。顕如は大坂を退去して本願寺を信長に明け渡すこととなりました。
ただ、顕如の息子の教如はこの和睦に反対して、信長に抵抗し続けます。ですが、教如も半年後には本願寺を退去し、ここで本当に本願寺と信長の戦が終わりました。ですが、教如の退去後すぐに本願寺の伽藍から火が出て三日三晩燃え続けることになりました。
コメントをお書きください