動画の概要

嘉吉の乱により、6代将軍足利義教が暗殺されました

義教の嫡男、足利義勝が7代将軍となりましたが

僅かに9歳だった為

三管領といわれる、畠山家、斯波家、細川家が発言力を強めました

ですが、義勝は亡くなってしまい、足利義政(幼名、三春)が8歳で次期将軍に選ばれました、その為、上記の三管領の発言力は更に大きくなりました

そして、発言力が増した、三管領や守護大名達の利権争いが発生し、義政はこれに右往左往してしまい、これが後に応仁の乱へと繋がったのかもしれません


主要登場人物紹介

足利義政

室町幕府第8代征夷大将軍父は第6代将軍足利義教、母は日野重子足利義勝の同母弟。

幼くして兄(義勝)の跡を継ぎ、成長後は近習や近臣とともに親政に取り組むが、有力守護の圧力に抗することはできなかった。守護大名の対立はやがて応仁の乱を引き起こす。

細川勝元

三管領のひとつ、細川京兆家11代当主。応仁の乱の細川方の総大将として、山名方の山名宗全と敵対した

畠山政長

従兄の畠山義就と畠山家の家督を巡って争そった

畠山義就

従兄弟の畠山弥三郎政長一派と畠山家の家督を巡って対立した

山名宗全

四職の家柄で侍所頭人、応仁の乱では、山名方の総大将的存在となる