時の堀越公方、足利政知が亡くなりました。
この政知は、室町8代将軍足利義政の兄で、11代将軍足利義澄の父で、享徳の乱を鎮めるために下向した人物でした。
堀越公方の跡目は、政知と円満院の子の潤童子が継ぐ予定でしたが…
政知と別の女性との子の茶々丸が大事件を引き起こしました。
茶々丸は、潤童子と円満院を殺害し、堀越公方におさまりました。
後北条氏の祖・初代、伊勢氏で、母は伊勢貞親の姉妹だった為、かなりの力があったと思われます。
足利義尚の申次衆をしていて、後に奉公衆となった
第8代室町将軍、足利義政の兄で享徳の乱を収める為に、関東に下向し、堀越公方となった。11代室町将軍、足利義澄の父でもある。
足利政知の子、潤童子とは母が異なる、素行不良で土牢に入れられたと言われる人物。
潤童子と円満院を殺害した
足利潤童子は、円満院と足利政知の子、11代室町将軍足利義澄の弟で、円満院は義澄の母。
深根城城主、伊勢宗瑞の伊豆攻略に抗した人物
11代将軍、足利義澄の弟(潤童子)と、母(円満院)を殺害した足利茶々丸、彼をどうやって宗瑞が追放したのか、そして伊豆の地をどのようにして治めたのかが見所です。