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応仁の乱以上の被害をだしたと言われる、法華一揆や天文法華の乱は、宗教による対立と、それを利用する為政者によって起きました。

堺公方と言われた、足利義維方から、足利良晴方と和睦しようとする派閥が登場し、反対派と激しく対立し、反対派の畠山氏は賛成派の木沢氏に攻め込みました。

和睦賛成派の細川晴元は、一向宗に加勢を依頼し、反対派を攻撃させると、反対派を駆逐した一向宗は暴走して、堺や大和に侵攻しました。

その為、今度は細川晴元は法華宗と結び、山科本願寺を焼き討ちしました。

登場人物紹介

細川晴元

細川澄元の子、阿波で足利義維(足利義晴の弟)の元で挙兵し、細川高国方と戦った

証如

浄土真宗本願寺派第10世宗主・真宗大谷派第10代門首、一向一揆を指揮した。

足利義維

室町幕府第11代将軍・足利義澄の次男(または長男)、堺公方と言われた。兄弟の足利良晴(12代将軍)と政権争いをした